
ボウルズとの出会い
ボウルズを始めたのが2001年、なんとすでに4半世紀が過ぎようとしている。
オーストラリアのいつも行くショッピングセンターで白っぽい制服を着て体験会のお知らせのビラを配っている人たちに出会い、行ってみた体験会でボウルにバイアスがあることを初めて教えてもらったことは今でも覚えている。すぐにはまってしまいクラブに入会した。
ボウルズというのは、簡単に始められるスポーツで、初めてボウルを転がしたその日に世界のトッププレーヤーにとっても最高のショットであるレスティング・タッチャーを自ら経験することもまれではない。
問題は、そのようないいショットをどれくらいコンスタントに続けられるかである。それが難しい。
最初はクラブでのソーシャルゲームを毎週土曜日にやるくらいであったが、幸い入ったクラブが高齢者ばかりの小さなクラブだったので、初めてから3カ月のときからペナントゲームというクラブ対抗戦にも参加させてもらい、本格的なコンペティションというものを体験した。
2年目くらいから先輩ボウラーと組んでオープントーナメントにも参加するようになった。
あるボウラーとの出会い
2年目の年だっただろうか、あるボウラーに出会った。クラブメンバーではあったが、アメリカ在住のアメリカ人で、オーストラリア人の奥さんと結婚して、奥さんのお父さんがボウラーであったことからボウルズを始めたとのこと。大学の先生で、サバティクスという長期休暇を利用して1年間オーストラリアに滞在して集中的に練習し、その年のうちにクラブのシングルスチャンピオンになったという。
ある日曜日の朝に、一人でクラブに行って練習をしているところに、彼が現れた。その頃はアメリカに戻っていたので、休暇を利用しての訪問だった。
その日、彼に聞いた言葉が印象に残っている。ボウルズで一番難しいのは微妙なウェイトコントロールであり、2球目の投球で前の投球から50cm(長くしたり短くしたり)調整するのを会得するのには1年掛かるということだった。
ところが、1年経ってみても一向にそのコツがつかめてこない。後で気が付いたのだが、彼は素質もあったのだろうが、彼の1年間というのは長期休暇の1年間にボウルズ三昧で練習しまくっての1年間だったのである。これは自分は10年必要かなと思った。
さらに
3、4年目くらいの年だったろうか。初心者の域は超えていたかと思う。あるトーナメントに参加したときの対戦相手のボウラーが非常にうまくて、話をしていたら、彼はちょうど10年プレーしているとのことで、3年目くらいはまだ駆け出しで、10年くらいまではやるほどに上達していくものだということだった。
その時は、まだ大分先である10年後に彼のようにベテランボウラーになっていることを期待したものだが…
そして25年
10年という節目はとっくに過ぎてしまった。10年目の年がどのような年であったか定かな記憶はないが、10年目のマジックが起きた記憶はない。
50cmのウェイトコントロールは相変わらず難しい。4球投げて1m以内に全球をまとめることも難しい。ボウルのグリップの仕方も時々変えたくなる。デリバリー・ルーチーンもこれぞと決まらない。デリバリーの時にどこを見るかも迷いがある。バックスイングは大きくするべきかどうか。手首は使うのか固定するのか。デリバリーはスイングなのかプッシュなのか。
こんなことはボウルズを初めて3カ月で決まりそうなものなのだが、いまだに悩んでいる。まだまだ先が長い。
